浅草通りは何区を経由しているのか?


上野から亀戸の福神橋を結んでいる浅草通り。台東区を起点に墨田区を経由してから江東区へ向かうことから東京23区のうち3区をまたいでいます。今回は浅草を境に2つのルートに分けて紹介します。

■Part1~江戸時代は仏閣銀座?!

まずはスタート地点となる上野駅について簡単に紹介します。昔から北への玄関口として開業したターミナルで、昔は青森や秋田、盛岡や金沢、後年は北海道へ向けて長距離の夜行列車が出ていましたが、新幹線の開業などにより整理され今は北関東やいわきへと向かう特急列車を中心としたターミナルです。 上野駅を出てすぐ、役所が見えてまいりました。その役所はかつて下谷区役所としてこのエリアの行政を担いましたが、現在は台東区役所となっています。ここから先は江戸時代の話を織り交ぜる形となります。その当時の浅草通りはどこへ行っても神社でした。 飯生町に着くと宗源寺と永昌寺と呼ばれる神社があり、その歴史は長いものです。さらに歩くと田原町に着きます。東本願寺は田原町駅の上野寄り出口の近くです。かつては神社が広大な敷地を有していましたが、現在はその後の復興などにより小さなお寺が数件建てられています。なお、清光寺は江戸時代とほぼ同じ場所に建てられています。 田原町まで歩いてみると、まさに仏閣銀座そのものですね。しかしそれもここまで。この先の駒形まではどうなっているのでしょうか? この通りの今と江戸時代は道幅が狭く、町人たちが住む場所として幕府が確保していました。のちに関東大震災や空襲などの歴史を乗り越え、現在は商業地として整備されています。 上野から歩いてきましたが、隅田川が間に入っていますのでとりあえずの終点は駒形橋西詰です。江戸時代は今のように駒形橋はなく、渡し船が仲介しました。現在は都営浅草線浅草駅もこの付近にあり、羽田・成田の両空港や北総・三浦半島へ行くことができます。 台東区側としての浅草通りの紹介は以上ですが、この通りはまだまだ続きます。

■Part2~墨田区から江東区へ

前述の台東区側ルートだけでなく、この通りは墨田・江東の両区へとつながっています。ここからはその二弾としてお送りします。 東武浅草駅前付近が第二のスタート地点となりますので、その第一歩として吾妻橋を渡ります。台東区と別れを告げ、ここからは墨田区上陸です。真っ先に目につくユニークなビルがありますね。筋斗雲のような雲の形をしたオブジェがそのビルの上に建てています。 それこそがアサヒグループの本社ビルであり、その横の高層ビルが後述するアサヒビール本社、そこから隅田川沿いに少し歩くと墨田区役所とすみだリバーサイドホールがあります。 余談ですが、アサヒビール本社22階のアサヒスカイルームはラウンジレストランです。東京の景色を楽しめ、夜には夜景を楽しみながらビールや料理を味わうことができます。アベックのデートスポットの一つとして最適です。なお、これらの最寄り駅は本所吾妻橋駅であり、清澄通りと合流したところに駅があります。 さらに東へと進むと、東京の新しい顔スカイツリーや、すみだ水族館などがある押上です。東武伊勢崎線側の駅は業平橋駅として長きにわたって親しまれてきましたが、現在はとうきょうスカイツリー駅に名前を変えています。観光スポットゆえに国内外からの観光客は後を絶ちません。 押上交差点を東に進むと十間川交差点へ到着します。ここからは川沿いの道に変身するとともに、江東区へと入ります。左手側は対岸の都営アパートが目立ち、やがて花王の工場が見えてきます。ここが終点の福神橋となり、周りはすでに亀戸です。 浅草通りは何区をまたがっているか、についてのお話をしました。浅草と隅田川を境に通りは2つに分断され、台東区エリアと墨田・江東区エリアでは表情が違ってくるのがお分かりいただけるでしょう。 東京都浅草近辺で不動産の売買をお考えの方は、株式会社日本不動産へご相談下さい。お客様の立場に立って、お取引の成立までサポートさせていただきます。