スカイツリーと浅草~業平橋あれこれ



東京スカイツリーの開業は、隣接する浅草地区の観光に悪影響を与えるのではと懸念されていましたが、電車一駅で行ける距離故に相乗効果が功を奏し、浅草地区の活性化にも寄与しています。今回は浅草とスカイツリーの四方山話をお送りします。

スカイツリーの前は・・・

かつて東京のランドマークといえば東京タワーでしたが、今はスカイツリーにその座を譲っているものの観光名所としても健在です。その大先輩的存在なのが、対岸の浅草へいきなり戻る形になりますが凌雲閣でした。明治時代に建造された12階建ての塔で、浅草に建てられたことから天気のいい日には遠く高輪や新宿なども見えたほどでした。 当時としては、画期的かつ数少ないエレベータもあり、江戸っ子たちはその物珍しさも手伝ってか興味深く足を運んだそうです。しかし、関東大震災により都内のほとんどが被災し、凌雲閣も例外ではなくダメージが甚大すぎて、修復するとしても最初から作り直す必要があったため、結局は再建を断念せざるを得なくなりましたが、後年、その建物の一部である赤レンガが発掘されたのちに商業施設が建てられ、その一部に凌雲閣を模したイラストが書かれていることから、この地に素晴らしい建物があったことをうかがい知ることができます。

業平橋

東京スカイツリー前の前身は、業平橋駅でスカイツリーがあるのもその構内のごく一部でした。浅草地区の貨物駅として貨物列車の起終点として北関東地区を中心に各地へと駆け抜けました。昔は、かわいい蒸気機関車が入れ替えや貨物列車を担い「なるひらのネルソン」という愛称が付けられた機関車が走ったものの、後年は茶色い電気機関車がその任を担い、貨物輸送の廃止とともに役目を終えました。 また、東武浅草のキャパシティの都合で一部の列車は業平橋を起終点としていましたが、地下鉄半蔵門線や東急田園都市線との直通乗り入れ開始をするのと引き換えに一部ホームは用途を終え、1面2線の小ぢんまりとしたものに縮小しましたが、南側がスカイツリーへと生まれ変わっても、北側にある電車の留置線はまだまだ健在です。

桜との組み合わせ?!

スカイツリーの西側にある東武橋のそばに一つの桜が、河津桜です。 本来なら、静岡の伊豆まで行かないと見ることができない河津桜も、都内で見ることができる数少ない場所の一つとして、東武橋のすぐ横に植樹されています、 毎年桜のシーズンとなる春には、きれいな桜の花が咲き誇りますが日没後はスカイツリーのライトアップとともに良きアクセントとなり、特にピンクに光ったときが桜の色とマッチしていることから、写真愛好家たちにとっては夜の時間が撮影に適した時間帯といえるでしょう。

隅田川を渡る前に・・・

隅田川のすぐ横にある牛嶋神社を含めた一帯に隅田公園があり、その中にある水戸徳川家下屋敷の跡地でもありました。徳川家は紀伊(今の和歌山)に尾張(今の愛知)と水戸(茨城)の徳川御三家として成り立ちながら、江戸城で政治の中心を司りました。 幕末に起きた桜田門外の変で井伊直弼を討ったのは水戸藩士たちで、彼らはこの屋敷を江戸内部での拠点とし、隅田川や浅草、それに上野を経由しながら江戸城の南側、つまり桜田門へと向かったわけです。その桜田門の現在は地下鉄の駅や警視庁、法務省の旧館があり、遠く大阪の梅田新道交差点へと向かう国道1号線の起点もこの地域になるわけです。

まとめ

スカイツリーと浅草の四方山話をお送りしてきましたが、今では想像もつかないほどの歴史があり、訪問ついでに散歩したくなる場所です。 不動産の売却、購入に関してお悩みの際には【株式会社日本不動産】までご一報ください。